「神戸ストークスの軌跡」に記された「ジーライオンアリーナ神戸の奇跡」
バスケットボールの神様から祝儀が送られたのか。そう思わずはいられないほど、あまりにも出来すぎた勝利で、神戸ストークスが新たな本拠地での1勝目を飾った。
4月5日に行われたジーライオンアリーナ神戸のこけら落としゲームは、1Qに11点のビハインドを背負うなど序盤から追いかける時間が続いたが、試合終了まで残り4秒の84-88から同点に追いつく。勢いに乗ったチームはオーバータイムの末に、99-92で山形ワイヴァンズとの激闘を制した。B2新記録の観衆8580人が声援で後押ししたが、プロリーグだけでなくアマチュアや国際試合も含め、これほど劇的な逆転勝利には滅多に立ち会えない。「新本拠地での初陣」を条件に加えればなおさらで、目撃できる確率を算出すれば天文学的な数字になるだろう。
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アリーナのボルテージが最高潮に達したのは、神戸が最終盤で試合をタイに戻した瞬間だ。わずかな残り時間で4点のビハインドを追う状況に、スタンドには意気消沈の雰囲気も漂っていた。だが、シューターの道原紀晃が2本のフリースローを得ると、そこから試合は怒涛のように展開する。
まず道原が最初の1本を決めて3点差にすると、直後の2投目はチェストパスの速くて強い軌道でボールをリングに当てた。ゴール下の相手ディフェンスはボールをキープするべく収縮したが、ワンバウンドして弾んだボールは意思を持ったかのように、フリースローラインの前方へ飛び出した道原の手元へ戻った。そこから間髪入れず後方へパスを送る。ボールは3Pラインの後ろで待ち受けていたルーキーの野溝利一の手に。マークマンが懸命に両手を伸ばしながら寄せてくるが、その頭上を越えて放たれたボールはネットを通過した。
道原は、クラブとジーライオンアリーナ神戸の歴史に大きな一歩を刻む大仕事を、土壇場でみごとにやり切った(写真/©B.LEAGUE)
奇跡…いや、必然か? ビッグプレーを作り上げた男たちの証言
試合後の選手や関係者たちの口からは、次々に「奇跡」の言葉が飛び出した。そのど真ん中にいた#13道原にとっては、練習でさえ取り組んだことのないプレーだったと言う。それでも「ここで勝負を決めにいかないと」と腹をくくり、結果的には「本当に運良く」成功させた。値千金の長距離砲を炸裂させた野溝は倒れ込みながらのタフショットで、最初はボールの行方を確認できなかったと振り返る。間髪入れずの大歓声にシュート成功が確信できた。いずれもミリ単位のずれを許さない紙一重。それほど難度の高いプレーが掛け合わさった。もう一度同じ状況が訪れたら、再現率は高くないはずだ。そうであってもチーム一筋のベテランが「2本目は落とす」とコート上の4人に伝え、土壇場で思い描いたシナリオを、昨年末に新加入したばかりの新鋭が完成させた。何から何までドラマ仕立ての流れには、確かに「人智の及ばない力が働いた」と感じざるを得ない。
だが、さらに深く当事者たちの証言を聞くと、少し印象は変わってくる。道原は「いろいろ考えましたけど、(ボールが空中に)上がるとリバウンドを競り合って時間が流れると思ったので。一番いいのは(リングの)手前に当てて、自分で取れたら」と理路整然の説明も添えた。ドライな言い方をすれば、綿密な計算の元で最も可能性の高いプレーを選択したに過ぎない。野溝にとっては「小さい頃からイメージし、ずっと練習していた状況」だった。「ブザービーターが好きなので、ああいう場面でも絶対に自分で打ちたいと思っていた」と並べる言葉は勇ましい。コートを離れると穏やかな物腰の新人だが、前々節にはキャリアハイの32得点を挙げるなど、心臓の強さと爆発力はプロ入りからわずか数か月の間で本格化し始めていた。考えるほど、この日の大逆転劇は決して偶然の産物ではなかったとも思えてくる。
新アリーナでのプレーを「夢のまた夢」と表現した谷直樹の言葉にも耳を傾けてみよう。チーム創設と同時に入団したプロ入り当時は「地域の高校や中学を借りて転々としながら練習をして、荷物も自分たちの車で運びました。体育館が使えない日は外を走るところからのスタートだった」。雌伏の時期は短くなかったが、用意された大舞台では勝負どころの4Qで貴重な3Pシュートを2本沈めて存在感を発揮している。誰のどのプレーが欠けても届かなかった勝利に「今まで僕たちが積み上げてきた、全員で戦うスタイルがこういう試合でも生きた」と力強く語った。やはり、新本拠地での劇的勝利は、神戸が積み重ねてきた「軌跡」の賜物でもあったのではないだろうか。
勝負どころでベテランらしい働きをした谷の存在抜きには、劇的勝利への道筋もなかった(写真/©B.LEAGUE)
レギュラーシーズン残り4試合、歴史的大逆転を目指す
いずれにしても、チームは一夜の歓喜に溺れている余裕がない。神戸は劇的勝利の翌日に山形に痛い黒星を喫し、4月11日現在シーズン残り4試合でプレーオフラインに2勝足りず、自力だけでは出場を確定させられない厳しい状況。短期決戦のプレーオフへ駒を進めても、待ち受けるのはシーズン勝率9割を優に超えるアルティーリ千葉だ。そのため、2月から神戸の指揮を執る東頭俊典HCは、目先の勝利を追い求めながら、同時に先も見据えて試行錯誤を続けている。就任後は伸び代の大きい若手のプレータイムを増やしていたが、出場機会が減ったベテランたちが高くなった要求に応え始めた。実は、こけら落としゲームの同点劇で東頭HCは指示を出していない。この一戦は土壇場の「残り4秒で話し合ってやり切った」選手たちの成長に手応えが得られ、シーズン残りに向けても光明の一戦だった。
4Q残り4秒、東頭HCから戦術の指示はなかったとのことだが、何よりも大事な「勝とうぜ!」という執念を、選手たちは受け取ってくれていたようだ(写真/©B.LEAGUE)
ジーライオンアリーナ神戸が作り出すムードも、これから新たな力として作用しそうだ。東頭HCは「シーズン中にあまり感じたことのなかった、鳥肌が立つような瞬間」を何回も経験し、「初めて来た人たちがあのような空間を作れるのであれば、もっともっと力になる」と語る。
新体制下で11勝4敗と上昇気流に乗る神戸は、次節の4月12日(土)、13日(日)に、ワイルドカード争いで順位が一つ上のバンビシャス奈良と敵地で大勝負。その翌週はジーライオンアリーナ神戸に鹿児島レブナイズを迎え、シーズン最後を戦う予定だ。綱渡りでも「軌跡」は積み重なる。その延長線上で、再び「奇跡」のような出来事が待ち受けているだろうか。
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