2025.03.25
AED、CPR…突然の危機に備え、Bリーグが進める“即応力”強化の最前線
AEDなど物の整備と共に対応力ある人も育てる
2023年7月、すべての始まりだった。Bリーグは、命を守る(Safety)、選手稼働の最大化(Condition)、パフォーマンスの向上(Strength)という理念を持つ「SCS推進チーム」を立ち上げ。多分野のスペシャリスト、ブレインがリードする形で、多くの先進的かつ画期的な施策を講じてきた。何より重視するのは“命を守る”こと。それは選手だけではない。来場者の命も含めてのことだ。いつどこでアクシデントが起こるのかは、誰にも予想できない。大切なのは、いかに最善の対応を取れるかである。
SCS推進チームとして、いの一番に着手したのは、“EAP”の略称で知られる「エマージェンシー・アクション・プラン(緊急時対応計画)」を各クラブで作ること。簡単に言うと、EAPはアクシデントが起きた際、誰が何をどのように対応するかという取り決めである。高い緊張感の中で、EAPを遂行するためには、習熟度を高めるほかない。
今年初め、日頃の訓練の成果が表れたシーンがあった。滋賀レイクスのハビエル・カーターが、試合中に突然、意識を失う事態が発生。EAPを発動した滋賀のスタッフは瞬く間に駆け寄って救命処置を実施 。迅速に救急隊に引き継ぎ、カーターの命を守った。この一連の流れについて、SCS推進チーム関係者は、EAPの策定とともに訓練の成果が表れた好例と評価している。その後、カーターはクラブのSNSに投稿された動画で元気な姿を見せ、「僕は元気です。チームのみんなは、僕が辛い時期に素晴らしいサポートをしてくれました。そして今、回復への道を歩んでいます。皆さんが僕を助け、支えてくれたこと、そしてチームを応援してくれたことに、本当に感謝しています」と無事と感謝を伝えている。

Bリーグ各クラブの有志が参加した「SFR養成講習会」
この一件が、各クラブの緊張感、危機感を高めたことは言うまでもない。2月のバイウィーク期間中、Bリーグはクラブを対象に「SFR(スポーツ・ファーストレスポンダー)養成講習会」を主催した。これは国士舘スポーツプロモーションセンターを有する国士舘大学に協力を仰いで開かれたもので、滋賀での事故から、わずかな時間で定員に達した。
参加者の一人、川崎の藤原幸佳氏(トップチーム アスレティックトレーナー兼U18アスレティックトレーナー) は「滋賀での事例を受けて、運営スタッフも含めてEAPの詳細をもっと練り直そうという話が出ています」とクラブの現状を説明。同じく琉球の内藤慈氏(U15アスレティックトレーナー)は、クラブとして危機感の高まりに言及しつつ、「EAPが確立されてはいるものの、まだ盲点もあるはず。今回はトップ、ユースを代表して参加し、環境をさらに整備するというのが、クラブとしての意向です」と安全体制のレベルを引き上げるために参加したと述べている。

国士舘大学ではSFRの体制を組んでサポートをしている(写真はりそなグループB.LEAGUE ALL-STAR GAME WEEKEND 2025 IN FUNABASHI )
“SFR”と呼ばれるスポーツファーストレスポンダー(Sports First Responder)の略。まずファーストエイドとは、「急な病気やケガをした人を助けるために取る最初の行動」と定義されている。ファーストレスポンダーは、ファーストエイドを行う人のことを指し、SFRはスポーツの現場に特化したファーストレスポンダーである。2000年に4年制大学として初めて国家資格である救急救命士の養成課程を開設した国士舘大学が、必要性を提唱してきた。実際に、国士舘大学ではSFRを活用した体制を組み、Bリーグの「日本生命 B.LEAGUE FINALS 2023-24」や「りそなグループ B.LEAGUE ALL-STAR GAME WEEKEND 2025 IN FUNABASHI」、学生スポーツ、バレー、サッカー、2020TOKYOオリンピック・パラリンピック、東京マラソンなどスポーツイベントを担当。あらゆる緊急事態に対応してきた。
「SFR養成講習会」では、救急隊との連係方法からスタート。心肺脳蘇生(AED、胸骨圧迫の訓練)、緊急度・重症度判断、搬送方法、ファーストエイド(ねんざ、骨折、脱臼、止血への対処)、シミュレーション訓練とより実践的な対応を学ぶ機会になった。一口に緊急時と言っても、命の危険が迫るもの(一次救命処置)、ケガや症状に対処すべきもの(ファーストエイド)とある。命の危機に関わるもので、なるべく早急に対応したいものの筆頭が、突然の心肺停止である。救助する人間は2次被害を避けるため、安全を確認したうえで、意識と呼吸の有無を確認。異常が認められた場合は胸骨圧迫を行い、AEDを使用する必要がある。しかしながら、試合会場では暗転や喧騒といった状況変化もあり、難度は高くなる。

音声が聞きやすく、必要と判断すれば自動で電気ショックを与える日本ストライカーのAED、Bリーグでの使用環境を考えると最適と言える(※写真はAED訓練用トレーナー)
令和6年度報告書(総務省消防庁)によると、日本では、1日に約384人、つまり3.75分に1人が突然の心肺停止に陥っている。即座にAEDを使用できれば、助かる可能性が高まるが、使用が1分遅れる毎に生存率が10%ずつ下がると言われる。救急隊の到着時間は、平均10.0分(令和6年度報告書)かかるため、救急隊の到着前に対処できる体制を整えることが望ましい。それこそが、SFR養成講習会を実施する狙いである。ちなみに一般市民が心肺停止傷病の現場に立ち会った総数が28,354人で、AEDが使用されたのは1407人のみ。使用率はわずか5.0%という現実がある。
AED使用率5.0%を変える力へ、Bリーグが築く“救命の文化”
講習会のシミュレーション訓練では、意識の有無、頚椎損傷の可能性、呼吸の有無、会場の暗転、騒音など様々なケースを想定。いかに瞬時に判断し、適切に対処するかに挑んだ。難しいのは頚椎に問題がある可能性があった場合。容易に動かすことはできないが、心肺停止の状況ならば何よりAEDの使用を急がなければならない。SFRとして検知し、判断すべきものはあまりにも多い。だからこそ、国士舘大学で教授を務める田中秀治氏は「一人で助けようとするのではなく、複数人数でチームとなって対応することが大切」とアドバイスし、「速やかな対処ができれば、ほぼ助けることができます」と力強く語った。

講習会ではAEDの訓練、胸骨圧迫の訓練も行った
田中氏と共に活動する講師であり、救急救命士としても活動する曽根悦子氏は、その言葉をこう解説する。「我々は、2000年から24年間近くスポーツの現場でサポートしてきました。スポーツをやっていた方が、突然の心肺停止になった場合、すぐに対応すれば約94%の方が助かるという実績があります」。国士舘大学がSFRの体制を組んだケースでは、心肺停止後、心肺蘇生開始まで1.6分、AED使用開始まで3.6分というデータがある。「だからこそ、助かる可能性が高いと言えるわけです」(曽根氏)。
SFR養成講習会を終えて、曽根氏は「参加者の皆さんの基礎力が高いと強く感じました。初めての知識や実践もあったはずですが、躊躇せずに取り組める。これはBリーグの強みだと思いますし、それだけ危機感を抱いているから習熟度が高いわけです」と参加者を評価。続けてクラブに戻った際、講習で学んだこと、特に死戦期呼吸(心停止直後にある、あえぐような動作や下顎を動かす動作)やけいれんという言葉、通報時に伝えるべき情報のまとめなどを共有して、誰もが通じるようにしてほしいとアピールした。
2024年は、一般市民がAEDを使用できるようになって20周年という節目だった。国内には約67万台ものAEDが設置されているなど一般化している。しかし、心肺停止時のAED使用率は、わずか5.0%(総務省消防庁発表)しかない。この中には、AEDを開いたものの、恐怖で電気ショックのボタンを押せなかったという事例もある。曽根氏が言う“キーワードの当たり前化”は、使用率5.0%という状況を改善するために必要ということだ。

有意義な講習会になったと語った琉球の内藤慈氏(写真左)と川崎の藤原幸佳氏(写真右)
前述の藤原氏は、講習会を終えて「救急隊に引き継ぐための情報まとめ、搬送経路、あとはAED、担架の場所の確認などを徹底したいと思いますし、EAPについてももう一度まとめて常に準備できるようにしておきたいと思います。特に環境や音響、暗転の状況も想定して決められる部分を詰めたいです」とEAPをより実用的なものに改善できる機会になったと感想を伝えた。また内藤氏は「緊張感を持って教えていただけたことで、準備のクオリティを一層上げられると思います。キングスU15は人数も多いのですが、トレーナーは私だけ。活動会場が分かれた場合、付いていけない方のメディカル面が手薄になります。その中で何をすべきか、クラブで共有したいと思います」と語るなど、学びの多い機会になったようだ。また、ユースに関わる両者は、遠征やトップチームとの活動の兼ね合いでAEDや担架など設備に不安が出る機会があることについても言及。そこで設備を整えるために何をすべきか? またない中で何ができるか? トップチームに比べて手薄になりかねないユースでは、そこもポイントになりそうだ。
アメリカでの報告によると、突然の心肺停止に見舞われるのはバスケ選手が最も多いという怖いデータもある。いつ起こるかわからないものだからこそ、万全の準備をすることしかない。Bリーグでは、SCS推進チームの協賛社である日本ストライカーからオートショックAED 「ライフパックCR2 オートショック」を、さらに松吉医科器械より「救急用ストレッチャー」、「PEスクープストレッチャーセット」を各クラブに提供するなど物の整備を進め、何度となく講習会を開いて使う力を養っている。後悔はあってはならない。だからこそ、できる限りの手を打っているわけだ。
Bリーグが進める取り組みは、すべての現場で命を守る文化を築く第一歩である。もちろん、緊急事態はBリーグだけで起こるものではない。緊急時に“誰もが救える力を持つ”という意識、知識がバスケ界、日本全体に根付いていくことを願いたい。

講習会に参加した皆さん
取材協力=Bリーグ、日本ストライカー
記事提供:月刊バスケットボール