「もっとハードルよこせよ!」45年間の指導を終えた森茂達雄コーチが語る、プロになれる選手の条件
「森茂コーチのためにも」——選手たちの合い言葉
国立代々木競技場第二体育館に響きわたる拍手。2月22~24日に開催された「インフロニア Bリーグ U18 インターナショナルカップ 2025」の最終日、サンロッカーズ渋谷U18を率いた森茂達雄ヘッドコーチは、晴れやかな笑顔で関係者から花束を受け取っていた。
「全敗という結果にはなりましたが、まず彼らがここまで来られたことが彼らの成長だと思います」
試合後の囲み取材で、真っ先に口にしたのは選手たちへの称賛の言葉だった。海外チームとの対戦についても「あの高さのバスケットを経験したのは選手たちも初めてだと思います。それでも、20点近く離されていたところからちゃんと盛り返した。その時間帯は、僕が求めてきたクリエイティブなバスケットができていました。海外選手のフィジカルに対しても、最初は臆していた部分がありましたが、途中からはそれに負けないで体を張って戦っていたのが非常に良かったです」と高く評価した。
大会中、SR渋谷 U18の選手たちが胸に刻んでいたのは「森茂コーチのためにも」という思い。というのも、まもなく67歳になる森茂コーチは、今大会を最後にヘッドコーチを勇退することを公言していたのだ。
日体大を卒業後、1980年に巣鴨学園中等部で指導をスタートさせた森茂コーチ。1987年から2021年までの34年間、保善高で指揮を執り、同チームを都内有数の強豪校へと育て上げた。さらに東京都少年国体チームのヘッドコーチ、JBAトップエンデバーのサポートコーチなども歴任。2021年からはSR渋谷のユースコーチとして指導してきたが、今大会を最後に、約半世紀に及ぶ指導に区切りをつけ、次世代へとバトンを託した。
キャプテンの松下湊人は大会2日目、SKYLINERS U18(ドイツ)に敗れた後に目を真っ赤にしながら、「森茂コーチがいたから僕はBリーグ U18の世界に入りましたし、コーチのおかげで今の僕があります。何としてもチームを勝たせたかった」と言葉を絞り出した。また、エースの井伊拓海も「オールラウンドに育ててもらいましたし、高校1年生の頃に森茂さんから『お前はわがままだ』と言われて、そこからチームの役割を遂行することを意識してきました。その教えがあったからこそ、2年、3年と成長できたと思います。森茂さんを勝たせたいという気持ちは強かったです」と語っていた。
こうした選手たちの思いについて、森茂コーチは「ありがたいとは思いますが、誰もがどこかで終わりますから」と穏やかに笑う。「僕は一度、高校の指導を終えてからこちら(Bリーグ U18)に来ていますし、僕自身は『終わる』というより、良い引き際なんじゃないかと思います。引き受けた当初から、『Bユースはもっと若くてエネルギッシュな人がコーチをやるべきだろう』という気持ちを強く持っていますから」
BリーグU18の世界に飛び込み、バスケット観が変化
高校での指導を退いていた森茂コーチが、2021年にSR渋谷 U18のヘッドコーチを引き受けたのは、クラブから「これまでの経験を生かして、チームの土台を作ってもらいたい」という打診があったから。「草創期のU18は、海の物とも山の物とも分からない状況でした。その中で、とにかく適正に練習をして、それなりのレベルまで引き上げる。それに中学や高校を指導してきた身として、人間教育も大事にしてきました。そうやってチームの土台を作ることは、今振り返ると果たせたかなと思います」と誇る。
興味深いのは、Bリーグ U18の世界に飛び込んだことが、森茂コーチが長年高校界で培ってきた指導観を変えるきっかけになったことだ。
「どちらが良いとか悪いとかではなく、僕も高校バスケの世界にいたときにはインターハイやウインターカップを目指すという価値観の中でバスケットに取り組んできました。でもこの子たちは違う。BユースでU18に残った子どもたちのほとんどは、彼らの中でインターハイやウインターカップよりも『プロになりたい』という価値観の方が圧倒的に強いんです。それを聞いたとき、唖然としました。自分は保善で30数年間、全国を目指してやってきたのに、この子たちは同じ高校生世代でもそこを目指さないんだなと、本当に驚いた。それで『じゃあ、本気でプロ選手に育てなきゃいけないな』と、僕も考え方が変わりました」
また、環境の違いも大きかった。
「高校バスケは、毎日毎日の積み重ね。朝練から授業、部活指導が終わるまで、教員の誰かしらが見ているわけです。でもSR渋谷 U18では、僕は練習の1時間半とか2時間しか見られない。選手たちがバラバラの学校から集まってきて、その時間を共有して、帰っていく。最初は何となく、チーム自体が"かげろう"のようだなと感じていました」
そうした環境の中で、求められるのは誰に見られるでもなく自分で自分を律することができる自主性や、短い練習時間の中でも人間関係を構築してチームを作り上げていくコミュニケーションスキルやリーダーシップ。高校とはまた違った、Bリーグ U18ならではの3年間の過ごし方、成長の仕方を、森茂コーチは「チームを見始めて初めて知りました」と明かす。
プロになれる選手となれない選手の違いとは——
その一方で、高校とBリーグU18とで、変わらないものもある。それはプロになれる選手となれない選手の違いだ。
「コーチが何かを与えたときに、自分でクリエイティブに"それ以上"のことをやろうとする。プロになれるかどうかの一線を超えるのは、そういうことなのかもしれません。要するに、こちらがハードルを与えたときに、それを乗り越えて満足してしまう選手と、『もっとハードルよこせよ!』という選手の違い。大森康瑛(SR渋谷)なんかは頭がいいので、自分で考えて"こちらが与えるもののそれ以上"をやろうとしていましたし、保善高にいた鈴木達也(大阪)もそうです。彼は高校生の頃、『もっと高いところにいきたいから、もっとレベルの高い課題を出せよ!』って、そういう子でしたね」
高校とBリーグ U18の両方の世界を知り、時に自らの考え方を変化させながらSR渋谷 U18でチームを作り上げてきた森茂コーチ。この約4年間の間で、BリーグU18を取り巻く環境や競技レベルも急速に変わっていった。
「Bリーグ U18の草創期の頃、高校バスケに追い付くには正直10年以上かかると思っていました。でも実際にやり始めたら、そんなことはないなと。課題はありますけれど、Bユースのこのスピード感であれば、おそらく5、6年で高校バスケの強豪校に匹敵するようなチームも生まれてくるのではないでしょうか」
45年にわたり、バスケットボール指導の最前線で戦い続けながら、高校とB リーグU18の両方を世界を見てきた森茂コーチ。その豊かな経験と知見は、これからも日本バスケット界の財産として息づいていくことだろう。