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2024.09.09

AEDを市民が使用できるようになってから20年――Bリーグが「命を守る取り組み」を進化させる

  • 月刊バスケットボール

命を守るEAPの質を上げるファーストレスポンダーの存在


本日9月9日は「救急の日」。救急業務及び救急医療に対する正しい理解と認識を深め、救急医療関係者の意識向上を図ることを目的に1982年に定められ、同日を含む一週間は救急医療週間に指定されている。できるかぎり救急という事態に遭わず、健康であり続けたいもの。だが、命の危機は誰にでも突然訪れる。総務省消防庁による令和5年度の報告書では、国内で約14万人が突然の心肺停止に陥ったとされている。1日当たり約384人、約3.8分に1人という恐ろしい数字だ。その際、望ましいのは1分1秒でも早く「AED(自動体外式除細動器)」の使用を含む心肺蘇生を行うこと。今年は市民がAEDを使用できるようになって20周年という節目である。今一度AEDに対する意識、知識が高まることを願いたい。そしてこのタイミングで、Bリーグではリーグに関わる選手、スタッフ、来場者、すべての人の命を救うための試みをさらにレベルアップさせようとしている。


2024年は市民がAEDを使用できるようになって20周年という節目となる

昨年7月に立ち上げとなったBリーグの「SCS推進チーム」は、命を守る(Safety)、選手稼働の最大化(Condition)、パフォーマンスの向上(Strength)という理念を持ち、多分野のスペシャリスト、ブレインが協力する先進的かつ画期的な試みである。理念の中でも特に重視しているのは“命を守る”こと。それは選手のみを対象としたものではない。人・物・体制と安全かつ安心な体制を整えて、来場者の命もしっかり守るという意味も含まれている。

設立1年の中で、SCS推進チームは多くの策を講じてきた。知っておきたいことの一つに、試合運営に不可欠なEAP(エマージェンシー・アクション・プラン=緊急時対応計画)の作成がある。これはスポーツ現場の安全体制の啓発を行っているNPO法人スポーツセーフティージャパンの助言もあって作成されたもの。Bリーグでは元々全試合でのAED準備を義務化し、クラブに向けてCPR(心肺蘇生)の講習も行ってきた。しかし、実際の現場では想定外のことも起きるもの。AEDがあり、使い方を知っている人がいたとしても、誰が取りに行って誰が救急車を呼ぶのか、また誰が倒れた選手に対応するのか、といったことを明確に決めておかないとタイムロスが生じてしまう。その計画こそがEAPなのである。Bリーグではその形骸化を避けるために、試合前に取り決めを確認するEAPハドルの時間を設けることも義務化している。

スポーツにおける死亡事故の三大要因は、“トリプルH”と呼ばれる心疾患、頭頸部外傷、熱中症に関わるもので、実に9割程度あると言われている。スポーツセーフティージャパンの協力の下でEAPを作成し、さらにその盲点をつぶし、スピードアップを図るためにシミュレーションも実施。各クラブは、そうしてより実践的なEAPの作成に至っている。
「オンコート(選手)、オフコート(来場者)両方の安全を守るためにEAP導入を推進する競技団体は珍しく、画期的なことです」とスポーツセーフティージャパン一原克裕氏は語る。しかし、SCS推進チームとしては、試合会場で起こる不測の事態に対して“より早く、より広く対処するための策が必要だ”と考えていた。

例えば心肺停止の方に対して、AEDの使用が遅れると1分ごとに10%生存率が下がると言われている。救急車の平均到着時間は10.3分。イベント会場の場合、人の多さや渋滞も予想されるため、救急隊による処置が遅れることは濃厚だ。また、いざという事態の中でAEDの使用に5分以上かかる可能性もある。そこでいち早く対応できる人がいたら…。それこそ「ファーストレスポンダー」と呼ばれる存在だ。文字どおり“最初に対応する人”という意味で、負傷者や病気の人に初期のケアをする知識を持った方たちだ。今回、その部分でサポートを行うことになったのが、かねてよりEAPを実践するうえでスポーツファーストレスポンダー(以下「SFR」)の重要性を提唱していた国士舘大学だ。同大学は2000年に、4年制大学として初めて国家資格である救急救命士の養成課程を開設。これまで学生ボランティアと共に大学スポーツやビーチバレーやJリーグ、2020TOKYOオリンピック・パラリンピックでのSFRの配置や、東京マラソンをはじめとするマラソン大会など、数多くのスポーツイベントでメディカルサポートを行なってきた。Bリーグでも「日本生命 B.LEAGUE FINALS 2023-24」で国士舘大学が約25人の体制を組み、アリーナ内各所に待機。ファーストレスポンダーとなるべく、緊急事態に備えていた。

様々な音が飛び交う中で生きる先端AEDを導入


国士舘大学の防災・救急救助総合研究所副所長で同大教授を務める田中秀治氏と共に活動する救急救命士で講師の曽根悦子氏は「心肺停止が発生した時、SFRが対応することで蘇生率は93%と高まります」と説明する。2003~2019年3月までに同大がサポートしてきた388のマラソン大会では、40人の方が心肺停止に陥ったものの、素早く処置を施したことで38人が再びランナーとして復帰したというデータもある。これだけ高い数字を残せているのは、SFRという存在がいたからこそ。心肺蘇生開始まで1.6分、AED使用まで3.6分と素早い対応が可能になると説明している。

「概ね3分以内にAEDを使用することで、70%強の生存率になります。さらに全身そして脳に血液を送って臓器の機能を保つために、胸骨圧迫(かつての心臓マッサージ)を同時に行うことが不可欠です。スポーツ現場での心肺停止の場合、直前まで元気だったということもあり、早く適切な処置をすることで生存の可能性を高めることができます。多くの人の知識、意識の向上を図ることはもちろんですが、ノウハウを持った救命士や訓練を積んだSFRが近くにいることが大切になります」と曽根氏は語る。


島田慎二チェアマンにAEDの説明をする国士舘大学の曽根悦子氏

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冒頭で紹介したとおり、今年は市民がAEDを使用できるようになって20周年である。データ上、国内には約67万台ものAEDが設置されているのだが、使用に関しては一般化しているとは言い難い。心肺停止時のAED使用率はわずか4.3%(総務省消防庁発表)に留まっており、AEDを使用したが電気ショックのボタンが押されなかった事例もある。SFRの育成と運営組織内への配置の必要性を説くとともに、使用すべきケースにおいて適切に機能するAED設置の必要性を訴える国士舘大学により、Bリーグの安全対策はより実践的なものになる。

「ボタンが押されなかった要因を大別すると、周囲の騒音のためAEDからの音声が聞き取れなかったというケース、生死に関わるボタンを押すことに恐怖を抱いたというケースがあります」。そう説明するのは医療機器メーカー・日本ストライカー株式会社でAED事業の責任者を務める髙橋誠佳氏だ。同社は今回、Bリーグによる安全体制構築に賛同し、各クラブにAEDを提供する。そのAEDは使われなかった原因に対策を取ったものになっている。「弊社のオートショックAEDは、救助者の心理的負荷に配慮したものです。心停止状態にある傷病者の心電図解析を行い、電気ショックが必要と判断したら、救助者がボタンを押すことなく適切なタイミングで電気ショックを与えます。これは弊社が2021年に日本で初めて薬事承認を受けた機能です。また、AEDが発する指示音声が聞き取れずに処置が遅れることを防ぐために、騒音下でも聞き取りやすいクリアボイステクノロジー(周囲の音を分析して聞き取りやすい周波数で音声を出す)など多岐にわたる機能を備えています」と髙橋氏。Bリーグでの試合は、何千人という来場者がいてBGMが流れるという環境が想定される。そういった中で使用するには最適なAEDだと言えるだろう。


Bリーグでの使用環境を考えると日本ストライカー株式会社のAEDは最適なものと言える(写真右は同社の髙橋誠佳氏)

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“世界一安全安心なリーグ”に向けて弛まず進む


8月、スポーツセーフティージャパンの一原克裕氏、国士舘大学の曽根悦子氏、日本ストライカーの髙橋誠佳氏らが集まり、安全体制構築に向けての会議を実施。そこに島田慎二チェアマンも参加し、自らAEDの使用を体験し、訓練人形を使って胸骨圧迫訓練も行った。元々SCS推進チームへの取り組みを積極的に進めるなど、高い意識を持つ島田チェアマンは「元々救急救命やAEDに対しての関心がありましたし、学びたいと思っていました」と語ると、「実際に訓練をやり、オートショックAEDの性能を確認しました。そして、1分間で100回という胸骨圧迫の大変さを改めて痛感しました。(突然の心肺停止は)家庭内でも可能性があることですので、皆さんの知識、意識が高まることを願っています。いずれにせよ、なるべく早く対処することが大切。Bリーグとして、これでより安全な体制を作ることができると思います」と総括している。


自ら胸骨圧迫の訓練を行った島田チェアマン

救急知識を持つSFRという「人」、AEDやスパインボード(頭頸部を固定できるタンカ)などの「物」を揃え、EAPを常にブラッシュアップさせて「体制」を整えていく。これらが三位一体となることで、事故に対して安定的に対応することが可能になる。そして来場者も周囲を助けるくらいの知識、意識を持つことが理想だ。目指すのは、世界一安全安心なリーグ。たゆまず取り組みを続けるSCS推進チームにより、Bリーグは必ずやその高みに達することだろう。

取材協力=Bリーグ