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B.MAGAZINE

アルバルク東京の迅速な搬送に見る「進化するBリーグの安全体制」

2024.12.25

その他

 

EAP機能の鍵は信頼と連携にあり


10月26日、アリーナ立川立飛(東京都)で行われた「りそなグループ B.LEAGUE 2024-25 B1リーグ戦」第5節、アルバルク東京(以降A東京)と対戦した佐賀バルーナーズの#55ジョシュ・ハレルソンが第4クォーターで負傷。後日、右足関節脱臼骨折と診断され、復帰まで4~5カ月を要すると発表された。自身はSNSで「1日でもはやくまたチームメイトたちと一緒にバスケがしたい」と発信しているが、少しでも早い復帰を願いたい。

今回は、その搬送シーンにフォーカスしたい。ホームチームであるA東京の運営スタッフが行った無駄のない搬送・受け渡しについては、B.LEAGUEのSCS推進チーム、実際に試合を運営するB.LEAGUE各クラブから、EAP(緊急時対応計画)の好例として注目されている。日頃の連携がないアウェーチームの選手だったこと、208cm・125kgというビッグマンに対して、速やかに対応し搬送できたからだ。

SCS推進チームについては、すでにご存知の方も少なくないだろう。2023年7月に立ち上げとなり、命を守る(Safety)、選手稼働の最大化(Condition)、パフォーマンスの向上(Strength)という理念を持ち、多分野のスペシャリスト、ブレインが協力する先進的かつ画期的な試みである。理念の中で特に重視するのは“命を守る”こと。それは選手のみが対象ではなく、ヒト・モノ・体制、安全かつ安心な体制を整えて、来場者の命も守る意味が含まれている。設立からの1年では、試合中に危急の事態が起こった際のEAPの策定、それを確認するためのEAPハドル(試合前に関係者が集まってEAPを確認する時間)を設けることを義務化。さらに盲点を解消し、スピードアップを図るため、EAPを指導するスポーツセーフティージャパンによるシミュレーション訓練など、様々な策を講じてきた。

選手、来場者の命を守るという点で、この1年間でレベルが底上げされたことは知っておきたい事実だ。それでは、それ以前はどうだったのか?
A東京の運営責任者で、先日の搬送時も中心となった細谷茉生さん(運営企画室 運営・ファンエンゲージメントGrアシスタントマネージャー)は、「私はB.LEAGUE初年度からクラブにいます。当時は運営に手一杯で本来あるべきEAPの作成まで手が回りませんでした。それでも色々な事象が起こる中で物を揃えたり、運営の協力会社さんとどう対応すべきかなど、最低限の準備をしているくらいでした。ただ、今考えると、強く危機感を抱けてはいなかったと思います」と振り返る。またトレーナーである五十嵐清さんは「元々しっかり対処しようという文化があるクラブだったと思います。だから道具も備えていましたし、何かが起こった時の話し合いも行っていました。ただ、指示の系統など、不十分なところもあったと感じます」と顧みる。
 

A東京の運営責任者を任される細谷さん。ハレルソン搬送時も的確に対応した


独自に必要なツールを揃え、チームスタッフ、運営スタッフが志願してEAP講習を受けるなど意識が高かったA東京だが、SCS推進チームによる取り組みが進む過程で「ヒト・モノ・体制」のレベルは、さらに引き上がった。しかし、EAPは単なる計画であり、うまく実行されなくては無用の長物となってしまう。それを避けるためのシミュレーションも必要ではあるが、何より「価値観や意識の水準を合わせること」が重要と2人は主張している。試合では選手やチームスタッフの活躍が目立つが、会場を設営し、来場者を迎え入れ、撤収まで行う運営スタッフの存在がなければ興行は成り立たない。勝って喜んでもらうことを目指す前者と試合をより良く運営することを目指す後者、立場が変われば、考え方や優先順位も変わる。EAPに定めたことではあるが、実際には高いストレスがかかる中で正しく実行しなければならない。だからこそ、関わる人間の関係構築は大切なのだ。

A東京の場合、運営スタッフがいるオフィスとチームがいる体育館は離れており、日常的に一緒にはいられない。それでも、細谷さんは2年目にチームに帯同する仕事に就いた経験もあって、チームといい関係性を築くことができた。以来、五十嵐さんをはじめとするスタッフと常にコミュニケーションを図る関係にあると言う。 EAPを作り上げる過程でも「五十嵐さんを始め、チームスタッフの方にも常に共有し、確認してもらって進めています」と細谷さんは説明している。互いに“信頼しているし、何でも相談できるし、話もできる”という距離感を築けているからこそ、より良いEAPも作りやすくなるし、速やかに対処もできるというわけだ。五十嵐さんが「立場は違いますが、共に選手、来場者の安全を確保しながら興行を成功させることを目指しているわけです。そう考えれば、コミュニケーションは必然的に生まれると思います。まずは自分から話すということは大切だと考えています」と言うように、同じ方向を向いているからこそ関係性は深まるのだろう。
 

A東京でトレーナーを務める五十嵐さん。運営スタッフとの関係構築は絶対に必要と話す

 

ストレッチャー導入で高まる安全管理体制


改めて、冒頭で紹介した搬送について振り返りたい。A東京ではEAPに定めた人数と共にタイヤ付きストレッチャー、スクープストレッチャー*、AED、観客のフラッシュバックを避けるため暗幕などフル装備で搬送に当たった。万全を期しての対応だったからこそ、速やかな搬送ができたのだろう。しかし、その搬送作業中に新たな事故が起こる可能性もある。細谷さんは「ストレッチャーを使用し、元々決めた場所にあるべきものがなくなるため、医務室にあった代替のものをその場所に置くことにしました」とその場での対応を説明した。可能性で言えば、客席で問題が起きてストレッチャーを使い、選手たちの事故に適切な対処ができなくなることも考えられる。
*選手の体の下に差し込んでスクープする(すくい上げる)ように体を持ち上げることができる担架の一種。主に脊髄損傷を疑う人を搬送する際に使用される

B.LEAGUEの現状を見ると、実はまだタイヤ付きのストレッチャーを具備されていない会場もある。そんな中、今回、医療機器の専門商社である松吉医科器械株式会社がSCS推進チームに協賛することが決定。同社は新たにTEAM SUPPLY事業部を立ち上げ、それも機に各クラブにタイヤ付きストレッチャー、スクープストレッチャーのセットを提供されることが決まった。
「弊社は『人々の健康と幸せへの貢献を使命に』という経営理念を掲げております。B.LEAGUEは、JBAが掲げている『バスケで日本を元気に』という理念のもと活動しており、その理念に共感しました。来場者や選手の安全管理対策を行っているSCS推進チーム様の存在を知り、医療機器の専門商社として安全に貢献できることがあるのではと考え、微力ではございますが貢献できればと考えております」。そう語ったのは、太田寛幸専務取締役だ。同社では、医療分野から健康をキーワードとした事業に踏み出す過程にあり、前述のスポーツセーフティージャパンと会話する中で、B.LEAGUEの安全に貢献できるのではないかという考えに至ったと説明している。

松吉医科器械からの提供によって、B.LEAGUE の安全環境が大幅に向上することは間違いないだろう。すでに2種類のストレッチャーを持つA東京ではあるが、細谷さんは運営目線で「ありがたい話です。(ストレッチャーの数は)多いに越したことがないというのが本心です。例えばコート近くに加えて、客席の近くにも配備できれば、より安全を担保しやすくなります」と語る。また五十嵐さんはトレーナー目線で「まず搬送時の事故が減るはずです。そして、今回のサポートにより各チームの救護体制の物品が充実することで、B.LEAGUE全体で安全体制が向上し、今まで会場によって差があった部分がなくなり、安心してアウェーゲームにも臨めるようになると思います」とプレーにも影響を与える可能性があると指摘した。

またB.LEAGUEの島田慎二チェアマンは「B.LEAGUEとBクラブは、インテンシティを増すオンコートでの選手の安全と、入場者数が伸長する中で来場者の観戦時の安全の双方を守る責務があります」としたうえで、「体格の大きな選手の搬送、お客様を狭いスペースから安全に救い、搬送する難易度は実は高いものです。今回、松吉医科器械様には搬送資器材をご提供いただき、安全性を確保する搬送資器材が充実することはとても重要であり、さらにそれをすべてのBクラブへ行き届かせられることは、リーグにとって大変心強いものであります」と謝意を表現。続けて、「『ヒト・モノ・体制』の取り組みは、ある程度網羅的に進行できていますが、この領域に終わりはありません。前進したがゆえに見えてくる課題もあります。選手が激しく戦い、お客様が楽しんで観戦してくださり続ける限り、その安全をより適切に確保していくことがリーグやクラブの責務であり続けます。今後はさらに知見と実技を広め、深め、命を守れるリーグであり続けたいと考えております」と今後も先頭に立ってこの分野に取り組んでいくと強調した。
 
 

左からSCS推進チームのメンバーである佐保豊氏(NPO法人スポーツセーフティージャパン代表理事)と島田慎二チェアマン、松吉医科器械の太田寛幸専務取締役と同社TEAM SUPPLY事業部の久保田彩氏


今後について、五十嵐さんは「この分野に関しては、言われてやるのと自主的にやるのでは大きな違いがあります。やはりアクションを起こすべきは、現場の人。いかに全体で周知できるかは各クラブの課題になると思います。我々A東京は、周知できている方だと自負していますが、足りない部分も感じています。そこを補い、もっと安全を担保できる体制を作っていきたいと思います。また、もっとこういったことも発信すべきだと思っていて、それが選手にしても来場者にしても、クラブへの信頼度につながると考えています」と語り、各クラブが能動的にやっていく必要があると課題を示した。そして細谷さんは「簡単なことではないですが、興行を行う上で決して特別なことではなく、基本的なことだと感じています」としたうえで「SCS推進チームの働きかけもあって、昨シーズンから試合前にEAPハドルが設けられ、相手チームのトレーナーさんともコミュニケーションが図りやすくなりました。運営としては、安心できる会場作りを目指してやっていますが、ホームはもちろん、アウェーチームの選手やファンの方にもそう感じていただけることを目指して頑張っていきたいと思います」と発言。現状に甘んじることなく進んでいきたいと強調した。

今回、松吉医科器械によって“モノ”の部分がプラスされたことは、大きな一歩ではある。しかし、島田チェアマンの言葉のとおり、この領域に完璧はないし終わりもない。安全のためにはさらなる充実を図る必要があるし、それらをうまく生かすための“ヒト、体制”については、常にアップデートすることが大切となる。

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