【佐々木クリスが聞く】前編 東地区優勝の宇都宮ブレックス、佐々宜央ヘッドコーチが語る新たなブレックスメンタリティ
【(C) B.LEAGUE】
昨シーズンにチャンピオンシップ進出を逃した宇都宮ブレックスは、今シーズン、D.J・ニュービル(以下ニュービル)とギャビン・エドワーズ(以下エドワーズ)という大型補強を敢行した。それでも佐々宜央ヘッドコーチは、個人能力で押し勝つのではなくチーム力で戦うバスケを選択し、51勝9敗とレギュラーシーズン最高勝率を残した。そのチーム作りについて、B.LEAGUE公認アナリストの佐々木クリスが話を聞いた。
3Pシュートを武器にするチームへの進化
──まずは東地区優勝おめでとうございます。悔しい思いをした昨シーズンからリーグ最高勝率達成と見事なバウンスバックになりましたが、このレギュラーシーズンを振り返っていかがですか?
ニュービルとエドワーズをロスターに入れた時点でレベルが上がるのは当然です。開幕当初はニュービルと(比江島)慎がどう共存するかが話題になりましたが、2人が共存できる状況を60試合を通して作ることができたと思いますし、2人だけではなく他のいろんな選手が顔を出す、チーム全体で戦えたシーズンになったのは良かったです。
──ニュービル選手の加入で遠藤祐亮選手がシーズン序盤はスタメンを外れたり、鵤誠司選手がベンチに回ったりと決して小さくない変化がありましたが、最終的にはチームとしてさらに強固になった印象があります。
正直、最初は大変でしたよ。遠藤も(鵤)誠司も「フォア・ザ・チーム」の精神を持っていますが、やっぱり長年スタートでやっていた選手がバックアップに回るとメンタルはキツいものです。でも、彼ら自身がどうやっていくか試行錯誤しながら、「チームが勝つために」を常に意識してくれました。そこがブレックスメンタリティと言うべきか、レギュラーシーズンで結果を残せたのは、彼らのプロ意識とかブレックスとしての在り方があったからだと思います。
──これまでブレックスメンタリティと言えば、相手をグラインドしてすり潰すインサイドに強みがありました。それが今シーズンは3Pシュートを武器にするチームに変わりました。レギュラーシーズン4試合を残した時点の数字になりますが、ブレックスが決めた3Pシュートと相手に許した3Pシュートの得失点差はリーグ1位の11.0点です。
チームにベテランが増えていく中で、ベテランやバックアップの選手をどう生かしていくかを考えた時、遠藤や渡邉(裕規)の武器である3Pシュートを出していきたいと考えました。私自身もトム・ホーバスの日本代表にアシスタントコーチとして加わる中で、トムのバスケに影響された部分もあります。もちろん、ブレックスとしてそこまで割り切っていいのかという難しさはあったのですが、昨シーズンがああいう結果でチャレンジしやすい状況でもありました。ただ、3Pシュートというより「ミッドレンジは打つなよ」というマインドなんです。ブレックスはミッドレンジのシュートがすごく多いチームだったので。
「そもそも慎とニュービルの共存が難しいとは思いませんでした」
【(C) B.LEAGUE】
──3Pシュートについては、比江島選手とニュービル選手の存在をチームとして活用できたことが大きいですよね。この2人がシーズンを通じてチームと作り上げてきたシナジーについては、ヘッドコーチから見ていかがですか?
クリスさんは分かると思いますが、そもそも慎とニュービルの共存が難しいとは思いませんでした。慎とやるのが難しい選手なんかいないんじゃないですか?(笑) 私も2人の共存について迷ったり悩んだことは一度もありません。ニュービルも最初からチームプレーヤーなんですよ。これまでは自分が打開しないといけないチーム状況があって、マインドじゃなく習慣としてそういう部分が出てしまうことはシーズン序盤に多少はあったのですが。
──コンペティターだから、そういう部分はどうしても出てしまうものですね。
ニュービルのプレーを減らして比江島のプレーを増やす、みたいな足し引きはありましたが、それも試合後に私から「こうした方がいい」と言ったことに対してニュービルと戦ったことは一度もありません。それで実際にやってみたら、慎だけじゃなく遠藤、渡邉がビッグショットを決めたり。今年の負けパターンというのは、ボールが動いてない時、チームとしてバスケができていない時です。それが前半戦、そして天皇杯で分かったことです。
──ニュービル選手は相手がドロップディフェンスで来れば徹底的に痛めつけることができます。一方でハードショウやステップアウト系のディフェンスには比江島選手の判断の方が良い印象もあります。
これはニュービルにショウディフェンスをするチームが少なかったんですよね。してくるチームもあって、それに捕まった時もありますが、この1シーズンを通じての印象として相手チームは慎を止めにいくことが多いです。今の国内リーグで『2大ディフェンダー』を擁するチームはいません。ディフェンスのスペシャリストは1人しかいない。それを踏まえて、試合終盤の大事な局面でニュービルと比江島のどちらがアドバンテージを取りやすいか考えてプレーを決められるのは良いですよね。それを試合中に2人が話し合っているのを見るのは面白いです。
「一人ひとりが責任感を持ってチームと向き合っているか」
──佐々ヘッドコーチが考える「コーチングの美学」はどういうものですか?
選手一人ひとりが責任感を持ち、モチベーションを持つのが良いチームだと思っています。プレータイムがなかなかもらえない選手もいますが、彼らの責任感もすごく大事。負けたとしても、そこに全員が納得できるかどうか。それを考えながらやっていく中で、コーチとして最悪だったのが天皇杯の千葉ジェッツ戦でした。20点リードして負けられないと縮こまってしまい、渡邉を1分も使いませんでしたし、(竹内)公輔や村岸(航)も活躍してくれて勝ち上がった天皇杯なのに、最後まで主力を引っ張りすぎてしまった。20点差をひっくり返されたことより、自分自身が縮こまったことにヤバいと思いました。ニュービルや慎は悔しがっていましたけど、他の選手にはロッカーで何を言っても響かないだろうと。たとえ勝ったとしてもこんな戦い方をしていたらダメ。本当に厳しい状況になった時に、ベンチまで一つになれているか。一人ひとりが責任感を持ってチームと向き合っているか。その状況はコーチである自分が作っていかなければいけないんだとすごく感じました。
──興味深いお話です。選手のパフォーマンスや戦術に目が行きがちですが、お話を聞いているとチームがいかに有機的で繊細なのかを感じます。
アシスタントコーチという立場でかかわった日本代表が、まさにそういうチームでした。トムの言葉掛けもありますが、それだけでは完結しません。あのチームで目立ったのは慎や渡邊雄太、河村勇輝だったかもしれませんが、私にとって印象的だったのはプレータイムの少なかった西田優大、井上宗一郎、川真田紘也の姿であって、「やっぱりこういうチームだから選手の姿勢がこうなるんだ」とコーチとしてすごく感じるものがありました。それぞれが仕事を任せられるからこそ、責任感を持って取り組む。そういう状況をコーチが作ることが大切だと思います。
編集協力:鈴木健一郎
佐々木クリスプロフィール
ニューヨーク生まれ、東京育ち。青山学院大学在籍時に大学日本一を経験。bjリーグ時代の千葉ジェッツ、東京サンレーヴスでプロ選手として活動したのち、2013年よりNBAアナリストとしてNBAの中継解説をスタートさせる。2017年よりBリーグ公認アナリストとしてNHK、民放各局などでBリーグ中継の解説を務める傍ら子供達を指導する『えいごdeバスケ』を主宰。日本バスケットボール協会C級コーチライセンスを保有。著書に「Bリーグ超解説 リアルバスケ観戦がもっと楽しくなるTIPS50」「NBAバスケ超分析~語りたくなる50の新常識~」がある。