比江島慎(宇都宮)が振り返るワールドカップ「国際大会での辛い経験をプラスに昇華…覚悟を持って臨んだ大会で大活躍」
ベネズエラ戦の活躍も記憶に新しい比江島慎【(c) fiba.basketball】
「アジア1位になってパリ2024オリンピックの出場権を獲得する」
男子日本代表のトム・ホーバスヘッドコーチ(以下HC)が、日本、フィリピン、インドネシア共催の「FIBAバスケットボールワールドカップ2023(以下ワールドカップ)」の出場にあたり掲げた目標だ。
目標達成のため、ホーバスHCは2カ月以上にも及ぶ強化合宿を行い選手を徹底的に鍛え上げた。さらにワールドカップに出場できるロスター12名を決めるためのサバイバルを施し、それを経験した選手たちはメンタル面でもタフになっていった。
その成果が現れたのが2試合目のフィンランド戦。男子日本代表としてヨーロッパのチームにワールドカップ、オリンピックを通じて初勝利を挙げると、ベネズエラ、カーボベルデにも勝利して、アジア1位の座を獲得。会場となった沖縄アリーナは歓喜に包まれた。
バスケットボールのファンだけでなく、日本中を熱狂させた男子日本代表。今回はチーム最年長、特にベネズエラ戦で大活躍した比江島慎(宇都宮ブレックス)に大会を振り返ってもらった。
これまでの国際大会での経験が自身もチームも支えた
――まずワールドカップが始まる前のことを聞かせてください。強化合宿が厳しかったというコメントを多くの選手が出していましたが、比江島選手のコンディションはどうだったのですか?
「もちろん合宿は厳しかったので疲労感はありましたが、うまくピークには持っていけたと思います」
――渡邊(雄太)選手はじめ、それぞれ大小けがを抱えていた選手が多かったと思いますが。
「僕は疲労がたまると膝が痛くなることがありますが、そこも痛くならず、痛いところはありませんでした。疲労感だけでしたね」
――自身、2度目のワールドカップでした。大会中に感じたのは「とても落ち着いているな」ということです。前回、2019年の中国大会に比べて変化はありましたか?
「東京オリンピックを含め、国際大会の経験はある程度していましたからね。前回は本当に圧倒されたじゃないですけど、初めてのワールドカップで、『自分がやらなきゃいけない』という気持ちが強すぎてプレッシャーに感じてしまって、空回りしてしまったところがありました。ただ今回はそれらの経験もありましたし、東京オリンピックで、ある程度自分の実力を示せたという自信があったので、慌てることはなかったと思います。もちろんプレッシャーは感じていましたけど、落ち着いてはいましたね」
コンディション的にも大きなケガもなく、大会に臨めたという【(c) バスケットボールキング/伊藤大允】
――渡邊選手が、取材陣の前で「マコ(比江島)と僕は(2016年のオリンピック世界最終予選から)国際大会では一度も勝っていない」と言っていましたが、その経験も大きかったということですね。
「大きかったですね。その勝てなかった時期を乗り越えてじゃないですけど、雄太も勝ちたい気持ちは一番強かったと思います。僕もそこは同じで、その気持ちがあったからこそ、今大会で苦しいときにも落ち着いてプレーができたし、その経験を活かしてじゃないですけど、チームを助けるようなプレーができたと思います」
――中国大会は5戦全敗で大会を終えましたが、試合後のミックスゾーンで多くの選手が辛そうな顔をしていたのが思い出されます。しかし、今回は敗れたドイツ戦やオーストラリア戦のあとでも皆前を向いて、現実を受け止めつつポジティブな印象でした。
「(国際大会の)経験がある選手が積極的にコミュニケーションをとってチームを盛り上げようとしてくれたと思います。率先してやってくれたのはもちろん雄太です。それで誰一人ネガティブにならず、選手全員が一つの目標に向かって…、一緒の船に乗ってではないですが、同じ方向を向いていたのが今回は違ったのかなと思います。順位決定戦に回ってもぶれなかったのは、オリンピック出場の切符をつかむという目標があったことも大きかったもしれないですね」
――常々ホーバスHCが「チームは同じ船に乗って同じ方向に向かわないといけない。そしてそれぞれを信じ合おう」とおっしゃっていました。今大会ではそれを実践していたと思うのですが、実際に選手たちは試合を重ねるごとにこの気持ちが深まっていったのですか。
「みんな本当に信じてやってきたのは間違いないと思います。最初の合宿が始まり、(八村)塁が参加しないと決まったとき、トムさんはこの話をしてくれました。練習はどの国よりもやれている自信がありましたし、日に日に手ごたえをつかんでいき、どんどんチームとしても良くなっていきました。何より信じ合う力が強くなっていって、より一層チームがひとつになって同じ方向に向かっていけたと感じました」
――経験がある選手といえば、比江島選手、渡邊選手、それに富樫勇樹選手、馬場雄大選手ですね。この4人で「パリには絶対に行くぞ」という話をしていたのですか。
「今回(パリ2024オリンピックに)行けなかったら『富樫と雄太と僕は(代表活動は)最後だから』と話をしていました」。力のある若手がどんどん出てきていますし、今回結果を出せなかったら、僕らがいつまでも日本代表にいても、日本に未来はないと感じてはいました。それでも雄太は絶対に続けるべきだってみんなと同様に思っていましたけど。僕自身は東京オリンピックが終わってから考えていたんですけど、今回のワールドカップでは、そういう覚悟も背負いながらやっていました」
日本代表を支えた(左から)渡邊雄太、比江島慎、富樫勇樹、馬場雄大【(c) バスケットボールキング/伊藤大允】
大活躍したベネズエラ戦でも冷静でいられたのは経験の賜物
――ベネズエラ戦を振り返ってください。第4クォーターだけで17点を挙げるなど、試合を通じてゾーンに入っていたというか、「俺に持って来い」いう感じでしたか?
「ゾーンに入ったとかはよくわからないのですけど、ああいうモードに入ったときは自分自身も『止められない』、『何をしてもうまくいく』というようになるのはわかっています。ベネズエラに離されたとき、ジョシュ(ホーキンソン)はなかなかファウルをもらえていませんでしたし、他の選手の調子もあまり上がってきていませんでした。流れが良くなかったときに自分の経験を発揮するというか、いつでもやれる自信は持っていました」
3Pシュート、ドライブでベネズエラ戦勝利に貢献【(c) fiba.basketball】
――逆転のプレーとなった馬場選手からパスを受けて速攻のバスカンを決めたプレーを解説してください。
「無我夢中だったので覚えていない部分も多いです。10分連続で試合に出ることはほぼほぼないのですが、あのときは疲れを知らなかったというか、その意味でゾーンに入っていたかもしれないですね。あの場面も全力で走っていましたが、後ろから相手が迫ってきたのが見えていました。馬場がいいパスをくれたので、右手では相手のディフェンスを防ぎながら、左手でレイアップを打ちました。それは意識してできましたし、本当に落ち着いて状況判断ができていました。それも経験ですね」
――こうしてベネズエラに逆転勝ちをして、最終戦のカーボベルデに勝てばパリ2024オリンピック出場が決まる状況になりました。そのときの選手たちの気持ちはどうでしたか?
「うーん。どうでしょうね。相手には身長220cmの選手がいたし、身体能力の高さには警戒していたので、楽に勝てるとは思っていませんでした。でも付け入るスキはどのチームよりもあると思っていたので、自分たちのバスケができれば勝てるのではと思っていました」
――カーボベルデ戦が終わったとき、どんな心境でしたか?
「僕もやり切った感が出てきて泣いたりするのかなと思っていましたけど、意外に冷静でした。もちろんめちゃくちゃうれしいという感情はあったのですけど、ホッとしたというのが一番表現的には合っているのかもしれないですね。プレッシャーや責任など、少なからず感じていましたので」
比江島の活躍もあり、アジア1位となりパリ2024オリンピック出場権獲得【(c)バスケットボールキング/伊藤大允】
宇都宮にとってリベンジのシーズンが開幕
――すでにプレシーズンゲームや天皇杯に出場されていますが、Bリーグが開幕すれば、パリ2024オリンピック出場の12名に残るサバイバルレースが始まります。
「その通りで、僕も他の選手同様にスタートラインに立っているだけで、何のアドバンテージも持っていません。パリ2024オリンピックには選手としては絶対に出たいと思っています。この大会が日本代表としては自分の集大成になると考えているので、そこに向けて今シーズンはよりキャッチ&シュートなどシューターのような動きを多くしたり、シュートレンジも広げてみたいなと思っています。今回のワールドカップで僕の強みは3Pシュートだけではなくドライブが強みだということをトムさんはわかってくれていると思うので、その質も上げていきたいです。正直オーストラリアなどの世界の強豪国相手に通用したとは思っていないので、リーグでは外国籍選手などとのマッチアップを意識しています。練習では移籍してきた D.J・ニュービルとマッチアップすることもあると思うので(世界の強豪国相手に通用する技術やスキルを)磨いていきたいと思っています。宇都宮としては昨シーズンに良い成績を収められなかったので、リベンジのシーズンとしてモチベーションを高くもっています」
――当然チャンピオンシップには出ないといけないでしょうし、優勝を目指すシーズンですね。
「はい。間違いないです」
――最後に日本代表を応援してくれたファン、宇都宮を応援してくれるファンにメッセージをお願いします。
「日本中というぐらい多くの皆さんに日本代表を応援していただき、ありがとうございました。ブレックスのファンの皆さんはより一層、僕のことを応援してくれていたと感じています。応援していただいたすべての皆さんのおかげで良いパフォーマンスを出せましたし、日本代表にエネルギーを与えてくれたことを、本当に感謝しています。今まで応援していただいているファンの皆さんと新しく興味をもっていただいた皆さんと一緒に、バスケで、宇都宮ブレックスとBリーグをもっと盛り上げていきたいと思います。応援よろしくお願いします」
――ありがとうございます。日本代表では最年長でしたけど、宇都宮に戻ればベテランの枠ではないんですよね?
「そうなんですよ。そんなベテランと思われても(笑)。ブレックスはもっと年上の選手がいっぱいいるので。若々しくいきます」
(取材・文=バスケットボールキング/入江美紀雄)
パリ2024オリンピック出場を目指して比江島は始動している