選手のHope活動~辻直人選手編~
辻直人選手Instagramより
川崎ブレイブサンダースの辻直人選手(30)は2019-20シーズンから社会貢献活動を始めました。辻選手の代名詞のスリーポイントシュートを1本決めるごとに3333円の寄付を積み立て、病院や児童養護施設の子どもたちにバスケットボール用品などを贈るという取り組みです。その名も、「スリーピース」。活動に込められた思いや、プロアスリートの果たす役割、その影響力について語ってもらいました。
日本代表としての活動もあり、決して時間に余裕があるわけではないと思いますが、どうして、社会貢献活動を始めようと考えたのですか。
「きっかけは、僕のファンだという少年、ハヤト君との出会いでした。2018年11月か12月だったと思います。その子のお母さんから、クラブに連絡が来ました。実は『子どもが脳の病気を抱えていて、何かビデオメッセージをもらえませんか』というお願いでした。ハヤト君は長崎に住んでいて、翌年3月、福岡で僕らの試合が予定されていました。その試合を見に行くことを目標にして、苦しい治療を乗り越えたいと思ってくれているということでした。そんな彼を元気づけようと、僕はビデオメッセージを送ったのです。『自分を信じて前を向いて戦ってほしい。僕も日本代表、日本一を目指して頑張ります。一緒に戦いましょう』と」
「そして、実際に3月、ご家族と一緒に僕らの試合に足を運んでくれました。『ビデオメッセージが本当に力になりました。それがなかったらここに来られませんでした』――。そんな言葉をご両親からかけてもらいました。大げさかもしれませんが、一人のプロスポーツアスリートとして、病気と戦っている子どもの命に関われたと思えた経験でした。アスリートとしての自分の存在が彼の生きる目標となり、本当に彼の力になれた。ご両親の言葉を聞いた時に、僕は感じました。ハヤト君だけでなく、もっと全国の病気と戦っている子どもたちに向けてアスリートとしてできることがあるんじゃないのか。そう考えるようになりました」
今回の社会貢献活動では、自分の得意とするスリーポイントシュートを採り入れました。
「アスリートが社会貢献活動をする日本財団の『HEROs(ヒーローズ)』プロジェクトのイベントに参加させてもらい、様々な活動をしている他競技のアスリートがいることを知りました。自分に置き換えたとき、何をするのが良いか……。例えば、野球選手だったらホームランの本数に応じてとか、阪神タイガースの赤星憲広さんは現役時代に自分の盗塁数に絡めて支援活動をしていました。僕だったらと考えたとき、得意のスリーポイントシュートで何かできたらいいなと。シュートが決まれば会場が盛り上がることは肌で感じていましたし、スリーポイントは一番得意なプレーです。そこにこだわってやってみようと思いました」
スリーピースという名前にもこだわりがあるそうですね。
「名前をスリーピースにしたのは、もちろんスリーポイントシュートにちなんだ部分もあります。ですが、この〝ピース〟という言葉には、いくつもの思いを込めています。一つは、平和を意味する「Peace」。僕の活動を通じて、僕が子どもたちに何かを支援する一方で、子どもたちは僕を応援してくれる。そうした互いを思いやる気持ちがあれば、世の中がどんどん平和になっていくんじゃないかと思いました。もう一つは、一つ目と少し似ているのですが、ピースサインのピースです。ピースをする時は、皆さんも笑顔になりますよね。この活動で、皆さんの笑顔が増えたらいいなと思っています。そして、三つ目は、パズルの「Piece」。この活動に関わるのは、まず病院や児童養護施設で生活をする子どもたち、そして僕。その上で、一番重要だと感じているのは、「こんな子どもたちがいるんだったら、もっと頑張って欲しい」と活動自体を応援してくれるファンの存在です。僕個人の力は小さなものです。でも、子どもたち、僕、ファンの方々の三者の関係がうまくかみあえば、社会を少しでも動かしていけるのではないかと考えています。そんな思いも、スリーピースという言葉に込めています。今はスリーポイントシュートを決めた本数に応じて、僕がお金を積み立てて寄付しますが、将来的には、自分の活動を応援してくれる方々からも寄付を募り、一緒に大きな活動に発展させていければいいなと思っています」
実際に試合でプレーをする時、活動のことを意識することはありましたか。
「スリーピースのことは、試合のたびに考えていました。『今日で合計、スリーポイントシュート何本だろう?』と毎試合、頭の中をよぎりました。絶対に、0本では終わりたくなかったし、0本で終わった試合は相当ショックで悔しかった。当然、シーズン中には調子が悪い時期があります。それでも、スリーポイントシュートを決めたいという気持ちや、決めることによって人の力になれるんだという思いが、シーズン中ずっとありました。特に、試合前、それを強く感じました。そうしたモチベーションは、昨シーズンまではありませんでした」
2019-20シーズンは最終的に計47本という結果になりました。
「過去最低の本数だったので、悔しさもありますし、ふがいない。活動を始めると公表し、子どもたちの力になりたいと公言して僕はやっているのに、そんなシーズンに限って過去最低を出してしまったというのは本当に情けない。責任を感じています」
積み立てた寄付金で、どのような支援を行おうと考えていましたか。
「活動を公表した時から考えていたのですが、病院で長期入院している子どもたちにタブレットやモニターを提供して、バスケットボールの試合を見る環境を作りたいと思っていました。試合を見てもらうことで、『こんなバスケットボール選手になりたい』といった新しい将来の目標を持ってほしいからです。そういう活力を、子どもたちに与えられたらいいなあと思っています。それから、何かしらの理由で、親がいない児童養護施設の子どもたちには、バスケットボール用品やバスケットボールのゴールを贈ろうと考えています。本来であれば、子どもたちに直接会いたかったのですが、現状は、新型コロナウイルスの影響でなかなか難しい状況です。病院とも相談していますが、もし予定していた支援活動ができない場合は、積み立てたお金を来シーズンに持ち越して、来シーズンが終わってから活動をしたいと思っています」
Bリーグの各チームでも、社会貢献活動も広がってきています。長期療養を必要とする子どもの復学支援プロジェクト「TEAMMATES事業」の一環で、川崎ブレイブサンダースは長期療養中の小学生、高見俊翔君(11)をチームの一員として迎え入れました。実際に、試合会場でサポートなどに加わってもらっていましたが、どんな印象でしたか。
「高見君はチーム練習にも参加してくれ、紅白戦のタイマー係をやってくれました。試合会場では、僕らのベンチのすぐ後ろでタオルを配るなどマネジャーやトレーナーの仕事を手伝ってくれました。入団したばかりの頃は、めちゃくちゃシャイで、緊張しているのが、僕らチーム全員に伝わるぐらいでした。でも、何度も練習や試合に来てくるうちに、徐々に慣れていきました。最後の方は、僕らの前でちゃんと聞こえる声で「頑張ってください!」と言ってくれました。「なにか言ってみて」と促さないと何も言えなかった高見君が、選手たちの前に立って自分から発言できました。一緒にいて、すごい成長を感じましたね。僕らも、彼を特別扱いするわけではなく、本当のチームメートとして関われたと思っています」
2019-20シーズンは「個人」としても、「チーム」としても、社会貢献活動に取り組みましたが、何か違いを感じる部分はありましたか。
「両方を経験させてもらいましたが、大きな違いはありません。僕たちにできることは、子どもたちに新しい力や目標を感じてもらうことです。僕ら選手たちは、子どもたちに『自分も頑張ろう』と思ってもらえるような存在であるべきだと思っています。そういう意味では、個人であろうと、チームであろうと、社会貢献活動で目指すことにあまり違いはないかなと思います」
国内では、社会貢献活動を表立ってやることへの「偏見」がまだ残っている気がしますが、不安はありましたか。また、Bリーグが誕生して4季目。プロ選手になってから、社会貢献活動への意識に変化はありますか。
「こうした活動を始める前、確かに『偽善』と言われるのではないかと、ちらっと頭に浮かびました。でも、誰かが偽善と言おうとも、僕の活動に対して応援してくれる人たちの方がとてつもなく大きいと思いました。活動をすることによるマイナスより、プラスの方がはるかに大きい。だから、僕はやるべきこと、やりたいと思ったことを貫いてやろうと決意しました。Bリーグが始まる前の自分を振り返ると、今やっているようなことは思いつかなかったと思います。Bリーグになり、本格的なプロ選手としてより多くの人に見られる立場になった時、今回のスリーピースのきっかけとなったハヤト君やご家族に出会えたのは大きかったです。プロアスリートである僕は、会場に来て応援してくれるファンを喜ばせるだけではなく、もっと違う大きな力を持っているのではないかと思うようになりました」
来シーズン以降はどのように考えていますか。
「僕の本当の野望は、僕一人だけではなくて、他のBリーグの選手や、他競技のアスリートを巻き込むことです。今やっているような活動ができるのは、おそらく現役の時だけだと思っています。だから、今、この時間がとても重要なのです。引退してからやるとなると、持っている影響力が弱まってしまうし、おそらく規模もそれほど大きくはならないと思います。今の僕は日本代表に呼んでもらったり、Bリーグで優勝を狙えるようなチームにいたり、チームでも先発で試合に出たりしています。だから、やるなら『今だろう』と。そうした現状も踏まえて、このタイミングで活動を始めたというのもあります。同じような活動をするアスリートが多ければ多いほど良いと思っています。こうした活動は、やっていることが重なったとしても全く問題ありません。日本バスケットボール界で、どんどん増えていってほしいと願っています」
「スリーピース」活動詳細はこちら
https://tsuji333.com/
※インタビューは朝日新聞との連載企画です。
・該当ページURL
https://www.asahi.com/articles/ASN6X73J6N6NUTQP01N.html?iref=pc_ss_date